
2025年のツール・ド・フランス・ファムを観て
2022年7月24日、パリ・シャンゼリゼ通り。フランス一周3週間の戦いを終えた選手たちが到着する前に、見慣れない集団がやってきた。プロトンの中にひときわ小柄な選手がいたかと思うと、三つ編みの選手の姿もある。男子ツール最終日のこの日は、女子ツール・ド・フランスの新しいスタートの日でもあった。
▲新装大会となった2022年ツール・ド・フランス・ファムはパリ・シャンゼリゼから華々しくスタートを切った
女性版ツール・ド・フランスは過去にも開催されてきた。1955年に初めて開催されたが、これは単発の試みに終わり、1984年から1989年には「ツール・ド・フランス・フェミナン」として、1990年から1993年には「ツール・ド・ラ・CEE・フェミナン」としてツール主催組織によってレースが行われた。しかし男子ツールの前座的位置づけであり、また世論も女子サイクリングをプロスポーツとして見なしていなかったこともあり、定着することはなかった。大会はその後名前や主催者を変え、「女子のツール・ド・フランス的レース」は2016年まで続いたが、それはツール・ド・フランスではなかった。
ツール主催組織A.S.O.が鳴り物入りでツール・ド・フランス・ファム(以下ツール・ファム)を復活させた2022年は、世界的な女子サイクリングの発展期と重なる。UCIがウィメンズワールドツアー制度をスタートし、女子プロ選手の待遇やスポーツとしてのプロフェッショナリズムの確率するその最中だった。
大成功となった新生ツール・ド・フランス・ファム
2022年のリニューアル後初開催のツール・ファムは、シャンゼリゼでの大成功のグランデパールを迎え、その後一週間フランスを東進していった。「4週目のツール」とも呼ばれたこの大会は、メディアのカバレッジやTV視聴者数などの指標をもってみても大成功に終わった。
▲マリオン・ルッス氏は今日の女子サイクリングにおけるキーパーソンの一人(2024年ツール・ファムにて)
大会ディレクターのマリオン・ルッス氏が「2年目こそが大事」と語ったように、初回のインパクトが強かったツール・ファム、その2年目は真価が問われる大会となった。大会初日は男子のパリとやはり同日だったが、開催地はクレルモン・フェラン。男子大会の威光を借りずとも大会は活況を呈し、ディフェンディングチャンピオンのファンフルーテンと若手筆頭のフォレリングの争いがスペクタクルを生んだ。2年目も成功だった。
私はこの最初の2年間を取材した。全体的な規模はやはり男子ツールよりも小さいものの、確かにそれはツールとしか呼ぶことのできない大会だった。現地で話を聞いた女子選手はもちろん、監督らチーム関係者も揃ってツールという特別の舞台ができたことを喜び、そして女子サイクリング界を発展させるものだとポジティブなコメントを語ってくれた。
第3回目の大会となった昨2024年は、パリ五輪の影響でいつもより遅い8月中旬の開催であったため、現地では取材ができなかった。しかし J SPORTSで実況を担当し、グランデパールのオランダ・ロッテルダムの盛り上がりを画面越しに見てツール・ファムの成長が止まっていないことを感じた。レースは波乱含みの大混戦となり、これまで大きな勝利に恵まれてこなかったニエヴィアドマが初戴冠。また新たなスター誕生の瞬間となった。
ツール・ファム2025年大会の焦点
そして今年である。今年は日程が一日増え、全9ステージのレースとなった。男子ツールの最終日の日曜日に開幕していたレースも、その前日の土曜日にスタートした。いよいよ男子ツールの威光など必要ない、と言わんばかりに独立したレースになろうとしている。
▲開催前日、レキップ紙の通常版の中に、別立てで8Pのツール・ファム特集が組まれた。フォレリングとニエヴィアドマ、2人の過去優勝者を差し置いて、中央には今季からロードレースに復帰したフェランプレヴォが大々的に
ツール・ファムの開幕直前のレキップ紙(フランス最大のスポーツ新聞)には、男子ツールよりも大きく紙面が割かれていた。その中心には、ポーリーヌ・フェランプレヴォがいる。昨年のパリ五輪MTB(XCO)で金メダルに輝いたフランスのヒロイン。その彼女がロードレースに復帰をした理由が「数年でツールを勝ちたい」からだったという。
すでに2014年にロードレースで、2015年にシクロクロスで世界チャンピオンに輝いていた早熟の天才フェランプレヴォにとって、主要なタイトルで足りていないものは、ロード選手時代に存在をしていなかったツール・ド・フランスだというわけだ。2021年に創始されたパリ〜ルーベも同様だが、彼女はすでに今年、復帰初年にしてこの石畳のレースも勝ち取ってしまったのだから地元の期待は高い。
今年はこのフェランプレヴォの存在が、ツール・ファムの価値をさらに底上げしたイメージがある。沿道にはフェランプレヴォへの応援が溢れていた。そして、第1ステージで早速その実力を見せると(上りで別格の力を見せチームメイトのフォスを勝たせ、自身は3位)、日を追うごとにその熱量は高まっていった。
感じた現地の熱気と、実際のところ
▲第3ステージ、アンジェのフィニッシュ。たくさんの人出があった
男子ツールの取材を終えて、2日間ツール・ファムの現場に入った。第3ステージのフィニッシュ地点アンジェにはたくさんの人垣ができていた。正直、このフィニッシュライン周辺の人出は男子と遜色ない。これは最初の2年では感じたことのない変化だった。
ただし、大会スポンサーによるキャラバン隊の数は男子と比べると慎ましやかなものだ。車隊が30分以上も続いて、延々と賑やかな男子ツールと比べて、明らかにツール・ファムでは車両の数も、配るグッズの数も少ない。キャラバンを目当てに沿道にやって来ていたフランス人たちも、「……あれ? もう終わり?」と目をぱちくりさせていた。男子ツールの基準があるから、少し寂しく感じられたのだろう。
▲ツール・ファムのキャラバンはややさみしかった。グッズの配布も控えめに見えた
取材に来ているメディアの数も、男子ツールと比べると少ない。プレスルームの面積もだいたい半分くらいで、それでも席は全部埋まってはいない。男子ツールでは広大なプレスルームでも座る場所がないなんてことがある。フランスで開催される毎年のイベントで、カンヌ映画祭以外で最もメディアが集まる、という評判は伊達ではない。
▲プレスルームは男子ツールの半分から1/3くらいの規模。女性ジャーナリストの比率はそう変わらない
女性ジャーナリストもいるが、ざっと見たところ比率は男子ツールとそこまで変わらない。気持ち多いかな、くらいだ。第3ステージを勝ったウィーベスの記者会見(男子はリモートなのだが女子は選手が実際にプレスルームへやってくる)に同席したのが10名ほどのジャーナリストで、そのうち女性は2人だけだった。
Livの考えるツール・ファムの意義、そして女子サイクリングの未来
第4ステージのスタート地点、ソミュールでLivのグローバルブランドマネージャーであるカッソンドラ・スプリングさんに話を伺った。Livはマーケットでほぼ唯一の女性専用バイクブランドであり、2022年の初年度から大会のスポンサーを務めている。ヤングライダー賞のマイヨ・ブランは、Livの提供だ。
▲Livのグローバルブランドマネージャーのカッソンドラ・スプリングさん
―いつからLivに携わっているのですか?
CS「7年前からグローバルチームで働いています。2022年からはパートナーシップを担当する部署に異動したのですが、そのタイミングでツール・ファムが始まったことは素晴らしい経験になりました。ブランドも、私自身も成長を遂げる刺激的な時期を過ごしています」
―ツール・ファム以前の女子サイクリングシーンやマーケットはどのような状況でしたか?
CS「すでに女子サイクリングは健全で興味深いものではありました。今日もドイツからの女性ライダーと話をしていたのですが、代表的なイベントや人の存在により、多くの女性が参加しよう、という意欲を高めます。ツール・ファムとLivはこのスポーツにおける女性の可視性を上げました。それはツール・ファム以後の変化と言えるでしょう。
プロ選手をしていると、人から『自転車選手なら、ツール・ド・フランスに出るんだね!』とよく言われるものです。そして女子選手は、2022年以前には『いいえ』としか答えるしかありませんでした。当時は夢すら抱けなかったのです。しかし今では、世界中の女性サイクリストや少女が、活躍する選手の姿を見てツールを夢見ることができるのです」
―Livのミッションは?
CS「私たちのミッションは常に、より多くの女性に自転車に乗ってもらうことです。それはレースでも、楽しむためのサイクリングでもいいのです。人によってその度合は違います。週に1度のライドが成長の場合もあれば、100kmに挑戦することが成長の場合もある。彼女たちの歩みに寄り添えるプロダクトや企画を提供したいと考えています。同時に、エリートアスリートを支援し、勝つためのプロダクトを生み出しています。これだけ包括的な取り組みをするのは、それが次世代のライダーに確実にインスピレーションを与えられるからです。そしてその意味において、ホワイトジャージのスポンサーを務めています」
―サイクリングが、単なるスポーツを超えたアクティビティであることを考えさせられます。
CS「私たちは、より公平でより多くの喜びと参加が得られるサイクリングの未来を心から望んでいます。そしてツール・ファムはサイクリング文化を超越しているとも信じています。
これはまさに人々の想像力を掻き立てるものです。ライダーでなくとも、ツール・ド・フランスを知らない人はいないでしょう。だからこそ、世界中でその認知度を高め、祝う一助になりたいのです」
▲男子同様、メディアの注目度が最も高いツール・ド・フランス。女子レースでも変わらない
―女性にサイクリングに参加してもらう難しさにはどんなものがありますか?
CS「女性がサイクリングするにあたって、多くの要因が壁になるのです。第一に、地域社会で安全に走行できる環境が求められます。地域によっては、女性が一人で乗ること自体が未だに不可能という場所もあります。これが一つの障壁です。次に時間の制約。女性は働きながら子育てをし、多くの責任を負っています。そのため『自転車に乗りたいけれど、他の用事を全て済ませてからでないと』と感じる女性もいます。また、時間の問題に加えて装備の問題もあります。女性たちが自転車店に行って、自分に全く合わない自転車に乗せられることがあるんです。体に合わない自転車だと「ああ、楽しくないから乗りたくない」となります。こうしたことを聞くと胸が痛みます。まったくその必要はないはずなのに」
―ツール・ファムは初回からスポンサーをされていますが、初回と今年とで何か変化は感じられますか?
CS「まず第一にファンの数です。毎年増えていて、本当にワクワクさせられます。そしてさらに印象的なのが、参加する女性の数が増えていること。それは単に選手やそのサポーターだけでなく、『絶対に観に行きたい』という女性たちが大勢いるんです。毎日インスタは『来年は現地に行く』というメッセージで溢れています。彼女たちにとって、ツール・ファムは見逃すことのできないものになっているということです。
また、女子サイクリングにおけるストーリーテリングも活発化してきていると思います。個性的なライダーへの認知度も高まっています。初回は一部の有名ライダーのみ知られているような感じでしたが、今では多くの名前を皆が知っています。マビの優勝は本当に嬉しかったです。彼女は41歳、最年長の選手が勝ったんです!」
▲第2ステージで勝ったマビ・ガルシア(左、スペイン、Liv AlUla Jayco)。第3ステージのフィニッシュでも楽しそうだった
サポートするLiv AlUla Jaycoのガルシアの勝利(第2ステージ)に話が移ると、それまでのプロフェッショナルな話しぶりから一転、目を輝かせてカッソンドラさんはさらに多弁になった。こうした現場の熱量が、ツールというイベントを表でも裏でも支えているのは間違いない。
大成功だった2025年大会と、その先
第4ステージのスタート地点ソミュールでは、オーストラリアから来たという女性ファンに出会った。自身も自転車ライドをフランスで楽しみながら、ツール・ファムを応援しているのだという。同国のサラ・ジガンテが一押しの選手。完全に私見だが、こうした情熱に支えられて海を越えてしまう行動力というのは、男性よりも女性の方が多い気がする。やはりツール・ファムは、世界中の女性サイクリストにとって大きなイベントなのだと、カッソンドラさんの言葉を思い出す。
▲オーストラリアからのファン。自身もサイクリングを楽しみにながら観戦しているという。その後のサラ・ジガンテの活躍には心震えたに違いない
現場ではこの第4ステージまでしか見ることができなかったので、書けることはそう多くない。しかしその後のレースは、スキバンのステージ2連勝、そしてフェランプレヴォが圧巻の2連勝と総合優勝を飾り、これまでオランダ勢が牛耳ってきた勢力図を一気に塗り替えてしまった。ベルナール・イノー以来40年ぶりのフランス人によるツール制覇だとフランスは沸き立った。
大会期間中、ライブでTV視聴したフランス人はのべ約2600万人。一日あたり270万人が観た計算になる。フェランプレヴォのシャテルでの勝利の際には、瞬間最大視聴数は770万人に達したという。これらはいずれも、昨年から大きく数字を上げた新記録だ。
▲男子と異なり、ツール・ファムでは一般観客もチームバスに近づける。一番人気は、フェランプレヴォのいるヴィスマ・リースアバイク。この人だかり
ツール・ファムは一大事象となった。選手のレベルが上がり、戦術が多様化し、スター選手が増えた。今は9ステージのレースが、2週間、そして3週間のレースになる未来があるかもしれない。2020年代のサイクリングシーンにおけるトピックスはグラベルの進展と女子サイクリングの発展だと個人的に考えているが、とりわけ女子サイクリングにはまだまだ伸びていく余地があって、予想がつかない。
その先に、あらゆる地域の、あらゆる環境にいる女性が自転車にアクセスできて安全に乗ることができる未来があるとするなら、こんなにも未来に開かれた種目もないのではないか、とカッソンドラさんの言葉を思い出していた。
▲選手たちは単に競技の結果だけではなく、自転車という乗り物の未来まで背負って走っている
小俣雄風太さんプロフィール 
自転車ジャーナリスト。1986年東京都生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。10代で見たツール・ド・フランスに魅了され、リヨン第3大学へ1年間留学。フランス文化と哲学を学ぶ。英国の自転車関連ブランドでの広報やスポーツメディア編集長を経てフリーランス。自転車各誌での編集・執筆のほかスポーツテレビ局J SPORTSでは海外ロードレースの実況を担当する。2005年に初めてツールを取材。2022年より現地取材を再開した。サイクリングニュースレター&ポッドキャストのArenbergを主宰。女子サイクリング特化ポッドキャスト「A LA UNE(アラユヌ)by Arenberg」のホストを務め、今年のTDFFも現地取材を敢行するなど、成長を続ける世界の女子サイクリングの今を国内に伝えている。
文・写真/小俣雄風太